フルトヴェングラーのベートーヴェン 「運命」と第7番

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ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)
交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」
交響曲第7番 イ長調 作品92

ウィリヘルム・フルトヴェングラー指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1954年2月(運命)
1950年1月(7番)

 

司馬遼太郎の「竜馬はゆく」は、歴史上の人物、坂本龍馬を主人公としておきながら爽やかな魅力あふれる青春小説としての傑作です。

 

僕はこの小説が好きで、20代、30代、40代に1回ずつ読み通しました。
そして現在、50代最後に読みたい本として読み始めました。

 

文庫本第一巻の108ページに出てくるこのシーンの説明が
僕はトスカニーニとフルトヴェングラーの違いの表現として
近いのではないかと思います。

 

以下引用しますと

竜馬は終生、餅はあくまでも餅にすぎぬ、という考え方の持ち主だった。
腹がへったときに食えばよい。しかし、武市は餅一つをみても単なる物質とはとらず、そこに何らかの意義付けをしたがるのが性向だった。だから、事ごとに逆らいあう。
そのくせこの現実主義者と理想主義者は、どこかうまがあっていて、ひどく仲がいい。

 

これは、黒船騒ぎで出陣の用意をしている時、腹をすかした竜馬が、武市半平太の用意した餅を勝手に食べるシーンでの記述。

 

つまり現実主義者がトスカニーニ。
理想主義者が、フルトヴェングラーというわけです。

 

実際は、こんな単純ではないでしょうし、二人は特にトスカニーニは、
後年ナチスに協力したとしてフルトヴェングラーを大いに嫌ったようです。

 

第5番「運命」は54年という亡くなる年の録音で、これがフルトヴェングラーかと思うほど、虚飾を排し整然とした演奏で、しかもさすが響きの充実度は高い演奏です。

 

こんな演奏を聴くと長命が多い指揮者のなかでまだ68才で亡くなったのは惜しいといわずにはいられません。

 

もっと長生きしていたらクレンペラー以上の凄い演奏を遺していたかもしれません。

第7番に関してのコメントは別途したいと思います。



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