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フルトヴェングラー 疾風怒濤のモーツァルト40番

モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 550

 

ウィリヘルム・フルトヴェングラー指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1948年12月7日・8日、1949年2月17日

 

フルトヴェングラーのモーツァルトの交響曲は、ベートーヴェンに比べてずっと少ないですので、これは貴重な録音だと思います。

 

しかも第1楽章を聴いた瞬間、これ本当にフルトヴェングラー?と思わずにはいられない、らしくない演奏です。

 

第1楽章はまさに疾風怒濤の如く速いテンポで、駆け抜けるような演奏です。初めて聞いた時予想していた遅いテンポのロマンティックな表現を予想していてびっくりしたものです。

 

ところが第2楽章になるとフルトヴェングラーらしい、ゆったりしてテンポの官能的な表現になり、第3楽章のそれを引きずっています。

 

そして終楽章は、また第1楽章の駆け抜ける様な表現に戻り締めくくります。

 

フルトヴェングラーは1947年5月に戦犯の疑いから晴れて復帰して、
ベルリンでは聴衆から大喝采を持って迎えられました。
その後もいままでの遅れを取り戻すかのようにコンサートをこなしていましたが、このモーツァルトを録音していた48年から49年に掛けてアメリカのシカゴ交響楽団から招聘に対しての交渉が続けられていました。

 

しかし、結局はアメリカ在住の音楽家たちの猛烈な反対に遭い、音楽監督の依頼はもちろん、客演の話もなくなってしまいました。

 

フルトヴェングラーにとっては、政治と音楽は全く別で、戦時下でもベルリン市民に音楽を提供するという使命を果たしていると思っていただけです。

 

しかし、ナチスの迫害に遭い、否応なくアメリカなどに亡命せさるを得なかった音楽家たちから見れば、ナチス統治下でそれなりの地位を補償され、演奏を続けたフルトヴェングラーは、いくら戦犯疑惑が晴れたからといっても赦されるものでないというという考えだったのでしょう。

 

特に潔癖な性格のトスカニーニには絶対赦せるものではなかったようです。

 

もしかして、このモーツァルトの第40番に聴く、急くような感じとロマンティックさが共存するのは、その時代のフルトヴェングラーの心境も反映されていた、というのは、深読みでしょうか?

 

何はともあれ、ぜひ、この演奏を聴いてください。




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